講師の中野龍一です。
いよいよ年の瀬が迫ってまいりました。
今年最後のブログ記事になります。
年内のレッスンを終えた方はお疲れ様でした。
来年も懲りずに足を運んでくださいね。宜しくお願い致します。
今日は、料理に対する愛情の持ち方をひとつお話したいと思います。
「料理は愛情」と言っても、そして女性が愛深き生き物だとしても、毎日のこと。作りたくない時、たまには作って欲しいと思うときもあります。そんな中で、毎日料理に携わっている女性には本当に頭が下がります。
料理を作ってもらっている男性諸君は、それをあたりまえだと思ってはいけません。感謝をして、時にはお手伝いもしましょう。
さて、愛情のかけ方ですが、
先ほども書いたように、いくら可愛い子供でも、愛するご主人でも、毎日となると女性の愛もひと休みしたくなる時もあります。
そんな時の愛情のかけ方をひとつ!
借りてくるように愛情を作りだすのです。
料理にはイメージがありますよね。
エビフライやハンバーグといった料理と言えば「子供」
芋の炊いたものや煮付けと言えば「故郷」「おふくろ」
シチューやパスタなどは「新しい家族」「新婚」といった具合にです。
あなたがもし芋を炊いていたとして、(いつもならもっと上手に焚けるのに今日はノリが悪い)と思った時、子供やご主人を少しおいて、田舎のお爺ちゃんやお婆ちゃんに食べてもらいたいと想像して作るのです。
その対象は、親戚の子供でもいいですし、友人でもいいですし、街ですれ違った素敵な人というのでもOKです。愛情も固執してかけすぎるとマンネリ化を起こし、機械化してゆきます。そういった時に、借りてくるように愛情を作り出すのです。
物づくりというのは何らかの形で想いが入っていなければなりません。
その動機が不純であっても、戦略的であっても、想いが無いよりはずっといいと思います。
作り方が分からないから本を見て作る。それはそれで仕方の無い事だと思われますが、本をなぞるだけで手一杯になり、そこに想いはありません。機械的に調味料を計量して入れているだけです。何らかの形で想いをこめると、そこに温かさが加わります。
食は毎日のことです。人に与えたり、与えられたりの連続です。人に想いを持って作る事は大切です。そして、その一歩先に行くと、食材に愛情が持てるようになります。そうなるとプロも素人もありません。食の達人になってゆくでしょう。
つい最近テレビを見ていて良い詩を見ました。
金子みすゞさんの「お魚」という詩です。
************
海の魚はかわいそう。
お米は人につくられる
牛は牧場で飼われてる
鯉もお池で麩(ふ)を貰(もら)う。
けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたずら一つしないのに
こうして私に食べられる。
ほんとに魚はかわいそう。
************
私はこの詩を見たときに胸がチクッとしました。
皆様もこれを読んでいただき、食材に何かを感じてもらえると幸いです。
今年最後のブログ記事も、なんだかかたい話になってしまい、すみません。
寒さが増してきています。体調に気を配り、皆様元気で年末年始をお迎え下さい。
今年もありがとうございました。 龍一
いよいよ年の瀬が迫ってまいりました。
今年最後のブログ記事になります。
年内のレッスンを終えた方はお疲れ様でした。
来年も懲りずに足を運んでくださいね。宜しくお願い致します。
今日は、料理に対する愛情の持ち方をひとつお話したいと思います。
「料理は愛情」と言っても、そして女性が愛深き生き物だとしても、毎日のこと。作りたくない時、たまには作って欲しいと思うときもあります。そんな中で、毎日料理に携わっている女性には本当に頭が下がります。
料理を作ってもらっている男性諸君は、それをあたりまえだと思ってはいけません。感謝をして、時にはお手伝いもしましょう。
さて、愛情のかけ方ですが、
先ほども書いたように、いくら可愛い子供でも、愛するご主人でも、毎日となると女性の愛もひと休みしたくなる時もあります。
そんな時の愛情のかけ方をひとつ!
借りてくるように愛情を作りだすのです。
料理にはイメージがありますよね。
エビフライやハンバーグといった料理と言えば「子供」
芋の炊いたものや煮付けと言えば「故郷」「おふくろ」
シチューやパスタなどは「新しい家族」「新婚」といった具合にです。
あなたがもし芋を炊いていたとして、(いつもならもっと上手に焚けるのに今日はノリが悪い)と思った時、子供やご主人を少しおいて、田舎のお爺ちゃんやお婆ちゃんに食べてもらいたいと想像して作るのです。
その対象は、親戚の子供でもいいですし、友人でもいいですし、街ですれ違った素敵な人というのでもOKです。愛情も固執してかけすぎるとマンネリ化を起こし、機械化してゆきます。そういった時に、借りてくるように愛情を作り出すのです。
物づくりというのは何らかの形で想いが入っていなければなりません。
その動機が不純であっても、戦略的であっても、想いが無いよりはずっといいと思います。
作り方が分からないから本を見て作る。それはそれで仕方の無い事だと思われますが、本をなぞるだけで手一杯になり、そこに想いはありません。機械的に調味料を計量して入れているだけです。何らかの形で想いをこめると、そこに温かさが加わります。
食は毎日のことです。人に与えたり、与えられたりの連続です。人に想いを持って作る事は大切です。そして、その一歩先に行くと、食材に愛情が持てるようになります。そうなるとプロも素人もありません。食の達人になってゆくでしょう。
つい最近テレビを見ていて良い詩を見ました。
金子みすゞさんの「お魚」という詩です。
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海の魚はかわいそう。
お米は人につくられる
牛は牧場で飼われてる
鯉もお池で麩(ふ)を貰(もら)う。
けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたずら一つしないのに
こうして私に食べられる。
ほんとに魚はかわいそう。
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私はこの詩を見たときに胸がチクッとしました。
皆様もこれを読んでいただき、食材に何かを感じてもらえると幸いです。
今年最後のブログ記事も、なんだかかたい話になってしまい、すみません。
寒さが増してきています。体調に気を配り、皆様元気で年末年始をお迎え下さい。
今年もありがとうございました。 龍一





